歯並びがよくないのは、硬いものを食べなくなったからなのか?

太田新田歯科医師会

ファミリー歯科・矯正歯科クリニック

院長 伊谷野秀幸

 

矯正治療に関するカウンセリングや歯科検診などで「最近の子ども達の歯並びがよくないのは、硬いものを食べなくなって顎(あご)が小さくなったからですか?」などの質問をされることが多くなりました。

不正咬合の中でも最も多いのが叢生症状です。いわゆる歯がデコボコに生えている歯ならびです。叢生の原因は、歯と顎の大きさが合っていないことにあります。

そこで今回は、現代の子ども達の歯列・顎が本当に小さくなって、不正咬合の原因になっているのか?を考えてみたいと思います。

現代の子ども達の顎は本当に小さくなっているのか?

現在、不正咬合が増加している原因として一般的に知られている説として“現代の子ども達が軟らかく、食べやすい食品を主に摂取するようになったため、咀嚼筋機能が低下し、顎が小さくなり歯並びが悪くなってきている1)~6)”というものです。

一方、最近の研究では日本人の顎が小さくなったと言い切れない。歯並びが悪くなった原因は別に存在する7)~9)との意見が多く報告されるようになりました。

東京大学大学院 海部准教授の研究チームが咀嚼回数と顎の形態変化の関係性を研究した結果、咀嚼回数に関して、縄文時代-約4000回、江戸時代-約1465回、戦前-約1420回、現代-約620回と徐々に減少していた。顎の形態変化に関して、江戸時代になって正面方向から見た時の下顎骨幅が細くなったとそれぞれ報告しています。

縄文人が火を発見し、かみやすい食生活を手に入れてから約14500年かけて下顎骨の幅が小さくなってきたと推定することができます。さらに、江戸時代から現代に至るまでの期間(約150年)の咀嚼回数がさらに半分以下に減少しているのにも関わらず、下顎骨の幅は変化の無いまま持続している9)と報告しています。

食物が軟化して咀嚼回数が減少してきているが、下顎骨の幅が小さくなっていないことから食物の硬さと現代の不正咬合の増加とは関係がないと考えられます。

永久歯の大きさが大きくなってきている。

最近の研究結果から明らかになったのは、「永久歯が大きくなっている」ということでした。すべての歯の種類で、昭和生まれの人より平成生まれの人の永久歯が大きくなってきている7),8)との報告があります。したがって、顎の大きさは変わらないのに、歯が大きくなったために並びきらないというものです。

子ども達の歯並びに関わる矯正歯科医師のあいだでは、このことが歯並びの悪い子が増えている要因の一つであると認められてきています。

歯の数が足りない子が増えている。

子ども達の歯並びの問題をより複雑にしているのが、歯の数が足りない子が増えていることです。2011年に日本小児歯科学会が発表した調査結果によると、永久歯がもともとない「先天性欠如歯」の子どもの割合は、約10.1%であった10)と報告しています。

この調査結果は衝撃的で、10人に1人は歯の数が足りないということになるのです。先天性欠如があると乳歯が残ってしまいます。

咬み合わせとして機能する分には問題ありませんが、乳歯は永久歯より歯根が短いため、残念ながら二十歳前後で抜けてしまう場合が少なくありません。抜けた後そのままにしていると、周辺の歯が動いたり倒れこんだりして、歯並びや咬み合わせを崩す要因10)~14)となってしまうのです。

まとめ

日本人の顔の進化をみると縄文時代から江戸時代まで咀嚼回数の減少に伴って、正面から見た時の下顎骨幅は約15000年かけて減少しました。しかし、江戸時代から現代に至るまでの期間(約150年)で咀嚼回数が半分以下になったにもかかわらず、下顎骨の幅に変化がなかったことが確認されています。

したがって、食べ物の硬さと顎の大きさには関係性がないと言えます。 不正咬合の中でも最も多いのが叢生症状です。叢生の原因として、顎の大きさよりも現代人の歯が大きくなったこと、先天性欠如が多くなってきたことが大きく関わっていると考えられます。硬い食べ物を摂取することと良い歯並びの育成には関係がないと言えます。

戦後生まれのおじいちゃんやおばあちゃん、パパやママと現代の子ども達の咀嚼回数は変わりません。頭ごなしに「歯並びが悪いのはお前が硬いものを食べないから、顎が小さくなってきているからだ」と子ども達を叱らなでください。

しかし、食育面では硬い食べ物を摂取して咀嚼回数を増加させることは非常に大切なことですので、これからも好き嫌いの無いバランスのとれた食事を指導してあげてください。

参考文献

  • 1)井上直彦,坂下玲子:赤ちゃんからの歯科保健 子どもと口の未来のために.メディサイエンス社,東京,
  • 2)原島 博,馬場悠男:人の顔を変えたのは何か 原人から現代人、未来人までの「顔」を科学する.河出書房新社,東京,
  • 3)馬場悠男,金澤英作:顔を科学する!多角度から迫る顔の神秘.ニュートンプレイス,東京,1999.
  • 4)村澤博人,馬場悠男,橋本周司,原島 博,大坊郁夫:大「顔」展図録.44~45,読売新聞,東京,
  • 5)Negoro T, Ito K, Morita T, et al.: Histochemical study of rabbit masseter muscle : The effect of the alteration of food on the muscle fibers. Oral Med Pathol, 6 : 65~71, 2001.
  • 6)森田 匠,藤原 琢也,高須寛貴,他:長期の粉末資料がウサギ咬筋金繊維に与える影響‐粉末飼料咀嚼時の咀嚼運動との比較による考察‐.Ortho Waves-Jpn Ed, 72(1) : 25~33, 2013.
  • 7)Mizoguchi.Y.,Variation Units in the Human ermanent entition.Bull.Natl.Sci.Mus.,Tokyo,Ser.D.7.29-39.1981.
  • 8)中野廣一, 鈴木尚英, 亀谷哲也, 他:最近の日本人の歯冠は大きくなっている。(伊藤学而, 花田晃治 編:別冊クインテッセンス 臨床家のための矯正Year Book’97),44~50, クインテッセンス, 東京, 1997.
  • 9)仙台歯科医師会学術講演会:海部陽介,人類における歯・歯列・咬合の進化と退化,平成28年11月.
  • 10)山崎要一、朝田芳信ら:日本人小児の永久歯先天性欠如に関する疫学調査:小児歯科学雑誌48(1):29-39,2010
  • 11)根来武史,小林安土,渡辺 修,田中進平:埋伏下顎第二大臼歯への対処方法.日臨矯歯誌,22(1):3~7,2010.
  • 12)吉江のり子,大野粛英:下顎左右第二大臼歯にみられる近心傾斜について‐その下顎骨形態及び関連因子‐. 東京矯歯誌,11:163~171,2001.
  • 13)田口 亮,上田昌夫,石川隆文,他:下顎第二大臼歯の萌出余地と埋伏との関連性について.S.C.会誌,10:13~26,1996.
  • 14)遠藤信孝,稲毛滋自,上木康文,他:下顎第二大臼歯の萌出障害のパターンについて‐オルソパントモX線写真所見より‐.日臨矯歯誌,25(1):29~30,2014.